生まれた意味、生きている理由ってなんだろう。
この問いかけは、発作のように時折俺の頭の中にやってきては俺をうんざりさせる。自分、の意味なんてわからない。朝起きて朝食を食べて学校に行って授業中は寝て昼飯を食べてそれから帰ってたまに誰かとセックスして晩飯を食べて寝る、この毎日の繰り返しの中で、自分の意味を見つけることは難しい。今のこの「俺」というポジションに誰か別の奴がするりと入ってきたって、きっと別段何も変わりはしない。勉強以外には馬鹿な俺の頭ではいくら考えても答えはでないので、いつもうんざりしてそして思考放棄だ。こういうのは考えないでおくのが一番楽なのである。
でもやっぱり俺の頭は馬鹿なので、健気にこの問いを浮かべ続けそしてやっぱり答えはでないので、結局思考放棄。その繰り返し。馬鹿馬鹿しい。
もしこの問いに答えが用意されているとしたら、それはきらきらしたもので俺を満たしてくれるんだろうか。柔らかく心臓をつかんでくれるのだろうか。全てに色をつけてくれるのだろうか。
どうだろうな。
わからない。
やっぱり、どうでもいい。
俺の生まれた意味、生きている理由はぼんやりしたままだ。
しかし「彼女」には生まれた意味も生きている理由もある。
その体にきらきらを纏って、彼女の意味を全身で俺に見せつけるのだ。眩しくて切なくて、俺は少しだけ羨ましくなる。
なあ、俺にも俺の意味を教えてくれよ。
でも彼女は何も喋らない。何も教えてくれない。ただ静かに彼女と、彼女の意味がここに存在しているだけだ。切ないな。彼女の生きている意味はわかるのにな。自分の意味はわからない俺だけど、彼女の意味ははっきりわかる。俺が与えた。
彼女の意味。
それは、俺にスプーンで掬われ食べられること。
それが、俺がプリンというものに与えた、生まれた意味、生きている理由、なのである。

レゾンデトル 4

目の前、に、プリンがひとつ。
「……マーヴェラス」
ほう、とため息をついてしまう。
プリンって誰が考えだしたんだろう。この魅惑の食べ物を考えた人を俺は心底尊敬する。程よい甘ったるさとカラメルのほのかな苦みが奏でる、しっとりとしたハーモニー。これ一つで俺は幸せになれるのだ。しかも、安い。
食堂の百円のプリンは、安っぽいプラスチックの容器に包まれながら、そんな安さなど微塵も感じさせないたたずまいで目の前の白いテーブルに鎮座していた。
「美しいよ…」
「……エド、キモい」
隣に座っていたラッセルが変な目で俺をちらりと見た。失礼な。
キモいと言われた当の俺はといえば、一週間ぶりに手に入れることのできたプリンを眺めてはそれを褒めちぎっている。食堂の、俺お気に入りのメーカーのプリンは昼休みの最初の五分でなくなってしまうのだ。うっとり眺めたくもなるってものだろう。
「俺はさあ……これのために学校来てるようなもんだよ」
「……あ、そ」
「食堂からプリンが消え失せたら俺は学校来ないね」
「ほう」
「「うわっ!」」
突如背後から聞こえた声に俺もラッセルも小さな悲鳴をあげた。
このパターン……後ろを振り向かずとも、誰がいるかなんて簡単にわかる。
「邪魔すんなマスタング!」
「邪魔?プリンへの賛辞のかね?」
「……そうだよ!」
ほら、やっぱり。背後には、わずかに傾いた昼の光を背負った、俺の天敵マスタングが立っていた。相変わらずなにやにや笑いを口元に貼り付けている。
突然食堂に現れたこいつにまわりの女子の視線が集中し始めた。いてっ、いてて何ここ焦点か何か?この熱視線の束でこのままいけばいつかここは焦げつくのか?勘弁してくれ。マスタングはそんな中でも憎たらしいほど涼しい顔で平然と立っていた。
「……何の用」
「つれないなあエルリックは。かわいい顔をしているくせに」
「うっわキモ!キモい!あっち行け変態箘がうつる」
「そんなことを言ってもいいのかな?」
「はあ?」
「これ」
とん、と軽い音をさせて、テーブルに何かが置かれた。
俺のマーヴェラスなプリンの隣に置かれたのは――
「……プリン?」
「そう。いるかね?」
見上げたマスタングはにっこり笑っている。俺はプリンとマスタングを交互に見やった。プリンが、きらきらを詰め込んだその豊満な体で俺を誘惑してくる。二つ並んだプリンは片方のきらきらにもう片方が色褪せて見えるどころか、両方の輝きが増しているような気さえする。ごくり、唾を飲み込んだ。
ええい、駄目だ駄目だ。
いるだろう?とそう言ったマスタングの言葉に素直に頷きそうになるのを、俺のプライドが辛うじて止めた。
「ど、どうせ代わりに何か要求するんだろ」
「おや、いらないのか?」
「…………いらねえよ」
意地っ張りは専売特許だ。たとえ後にいくら後悔することになろうとも、俺のこの無駄に高いプライドは、プリンにつられたってそうやすやすとこいつに尻尾を振ることなど許さないのだ。
「そうか」と言ったマスタングの手によってプリンが宙に浮いた。
大丈夫、悔しくない、俺だって今日は一つプリン買えたんだから悔しくなんかない。悔しくなんか、ないんだからな。
ちくしょう。
「……そんな顔するくらいなら、初めから意地を張るな」
とん、と頭に何かが乗せられた。
「…え?」
「そのプリン、毎日食堂で私のために別にしておいてもらっているものなんだ。君が明日プリンを買えなかったら、また明日それをあげる」
頭の上に乗せられたプリンが落ちないようにとっさに手で押さえる。言われたことを俺が半分も理解しない内に、マスタングは出入口の方に歩きだしていた。
「…………なんだあいつ……」
プリンを押さえたまま、ほとんど呆然として廊下に出ていくマスタングを見つめる。我に返ったのはラッセルが俺の肩をちょいちょいとつついてきてからだった。
「なあ」
「……あ?」
「おまえ餌付けでもされてるんじゃないか?」
「………。そんなこと…」
ない、とは言い切れないのが悲しかった。強引だった昨晩の夕飯や今日のプリンに、その気はなくともほだされたのは事実なのだ。
頭の上に乗っかったままだったプリンをテーブルに移動させて、俺はかくりとうなだれた。
「いい加減なびいちゃえよマスタングに」
「気持ちわりいこと言ってんじゃねえよてめえなびくって何だよ」
「いてっ、いててスプーンで叩くな馬鹿!」
おぞましいことを口にしたラッセルをスプーンで攻撃してやる。
マスタングになび……もとい、マスタングと仲良くやるだなんてできるわけがない。そうする意味がそもそも無い。あいつが俺の何を知ってるっていうんだ。何も知らない。
俺はうなだれたまま、重いため息をついた。
そして、これからまさにその『餌付け疑惑プリン』を食す自分への言いわけを、そっと付け加えたのだった。
「まあどっちにしろプリンに罪は無いさ」

ネオンの光がともり始めたいつもの繁華街を歩く。今日は何もするつもりは無い。別にマスタングにあれこれ言われたわけじゃなくて、単に何となく、すぐに家に帰る気がしなかったのでふらりと寄ってみただけだった。
あちらこちらでクリスマスの雰囲気を醸し出しているツリーや飾り付けが、光を纏って目をちかちかさせる。クリスマスなんてまだ一ヶ月も先なのに、金や銀にきらめくそれらは誇らしげに店先を飾っていた。
「……さみ、」
冷たい外気にさらされて赤くなってしまった指先を隠すように腕を組む。手袋なんて今年はまだ出してない。今日帰ったら出そうか。去年どこにしまったっけなあ。は、と吐いてみた息が白く染まったのを見て、いっそう手袋が恋しくなった。
わきの下でせっせと手を擦って、なんとか熱を生み出そうとしていた時だった。人込みを挟んだ向こう側に、ちらりとあいつが見えたのは。
「、………」
黒いコートにグレーのスーツ。
ブラウンの髪。
植木のそばに行儀悪く座り込んだ女子高生と何やら話をしている。
俺は急いで近くにあったコンビニに入り込み、自動ドアの近くに並べられた本棚の前に立った。適当に雑誌を引っこ抜いてページを繰る。そうして適当に開いた雑誌を手の上に乗せ、さりげなく視線をあの男に戻した。
女子高生が何か言うと困ったように首をかしげる。書類鞄を左から右に持ち替える。また二、三言葉を交わして、ようやく女子高生が立ち上がった。
交渉は成立したらしい。二人は肩を並べて人込みの中へと消えていった。
あいつは、最後まで俺に気付かなかった。
(……………………さいていだ)
二人が完全に見えなくなってから静かに雑誌を閉じた。ことん、と元の場所に戻す。店員の気の無い挨拶を背に受けながら、俺はコンビニを出た。
最低。
ぽつり、そう呟いてみる。それは誰の耳にも届くことなく、冬の空気に霧散していった。
あいつがああいうことをしてるなんて、ずっと前から知っていた。
顔なんて週に一回でも見ればまだましな方で、名前なんてもんは昔一度聞いてからすぐに忘れてしまった。外面は良いが家の中でのあいつの俺への態度と言ったら、まるでそこに俺が存在していることさえもが疎ましいと思っているようで。
義理の父親。
俺のことなんて引き取ってくれない方がよかった。ほうっておいてくれたらよかった。世間体なんて気にしてくれなくてよかった。
こんな気持ちに、なるくらいなら。
「…さいてー」
俺はため息を一つついて、冷えた指先をぶら下げたままあてもなく人込みに流されていった。


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