「あっ…あっ…あ…っ!」
繋がった箇所から、ぐちゅ、と濡れた音がする。
今日も今日とて見知らぬ男とホテルでセックス。
俺は男に跨がり、自分の自身を握り込みながら腰を上下させていた。
「あぁあ…っ、ぁ、んぁ……、」
男は両手を俺の内股に這わせ、時折腰を突き上げてくる。それに大きく喘ぎ自分を貫くモノを締めつけるようにしてやると、男は熱っぽいため息を漏らす。ちょろいぜ。
男が起き上がり、俺をベッドの上に転がした。もうすぐ終わりが来るのか一生懸命に腰を振ってはあはあしている男に応えるように、近くのシーツを縋るように何度も引っ掻く。見下ろした俺の足は男の動きに合わせて不安定に揺れていた。
「っ、あ、ぁああ…っ」
一際強く腰がねじ込まれ、男は低く唸って俺の中で射精した。
あーあ。中出しするなって言ったのに、こりゃあ料金上乗せかな。
自分の方はまだ出していなかったので自分で数回扱いて精液を吐き出す。びゅ、びゅ、と何度かに分けて吐き出して、俺は事後の倦怠感にため息をついた。
……ん?
「…………え、」
まだ俺の中に居座っていたモノが、なぜか、再び硬度を取り戻し始めている。だんだんと先程までの形に戻っていくそれに顔が引き攣った。
その顔のまま男の方を見ると、男は「お金、上乗せするから」と顔だけには申し訳なさそうな雰囲気を醸し出しつつさらっと言い放ち、すぐに腰を動かし始めた。
えええ、マジですか。抜かずの二連発ですか。
正直言って体力消耗がひどいのであんまりそんなことしたくなかったんだが、男の動きはもう果てるまで止みそうにない。
ちくしょう。金ふんだくってやるからな。心の中でそうひそかに誓い、俺はまた喘ぎ声を上げ始めた。
あーもう、最悪。

レゾンデトル 3

「さ、い、あ、く……!」
いつも通りにホテルから出て、いつも以上のスピードでずんずんと歩を進める。マフラーが後ろでひらひらと揺れていた。
右手の中には、怒りのために握り潰されそうになっている俺の財布。中身?突っ込んだままのレシートが十数枚と、店に行くたびに新しく貰ってばかりで一向にポイントの貯まらないメンバーズカード、数年前からなぜか入っている八十円切手、薄っぺらい学生証、エトセトラエトセトラ。
そして、ここが一番重要。聞いて驚け。
只今の所持金、たったの百十円也。
「あ、あいつ、今度見かけたら一発ぶん殴ってやる……!」
ぎりぎりと鈍い音をたてながら俺の怒りのとばっちりを受けている可哀相な財布が変形していく。が、そんなことに構っているような心の余裕は無い。
ヤリ逃げされたのだ。
や、り、に、げ。
つまり俺は、二回も連続でヤられて、しかも中出しまでされて、ぐったりベッドに沈んでまどろんでいた間に報酬も渡されずに男に逃げられたというわけだ。無駄に体力を消耗しただけだったというわけなのだ。
「……あーっ!!」
思い出したらまたムカついてきて思わず叫んでしまった。周りの通行人は、突然叫びだした俺を不気味なものでも見るかのような目で見て、そこはかとなく距離をとりながら通り過ぎていく。
今日は男からの金をあてにしていたというのに、本当、ツイてない。もうこんな時間になってしまっては家に帰っても夕飯は無いだろう。そう考えた途端、無駄にタイムリーな腹の虫がきゅうと切なく鳴いた。
(……腹減った)
百円で何が買えるかな。
握りしめていた財布を見下ろして自分に問いかけてみる。
しましまの服を着てやたらと眩しい赤と黄の配色の、微妙にグロテスクな気がしてならないあのマスコットキャラクター?がおわすファーストフード店とかどうだろう。百円ならハンバーガー一つは食べられる。おあつらえ向きに目と鼻の先で赤いMの字がぴかぴかと光っていた。夕飯だし、一つだけでもなんとかなると思う。
でも百円じゃ、ハンバーガー一つで、飲み物無し、だ。俺はもそもそしたものは飲み物が無いと食べられない性なので、それはちょっと遠慮したいところ。かと言って何も食べないのも夜中に空腹で目が覚めそうだし、さてどうしよう。

「エルリック?」
「ぎゃっ!」
うんうん唸って思考の海を泳いでいたところに突然肩をつかまれて俺は掛値なしに飛び上がった。じ、寿命が縮まったんですけど!
勢いよく振り返った先にはやはりと言うべきか、マスタングがいた。
「お、お、驚かすなよ…!」
「別に驚かしたつもりは無いんだが……こんなところで突っ立ってどうしたんだ?」
「………」
男引っ掛けてホテル行ってそしたらヤリ逃げされて金は入らなくてしかも所持金がほんの僅かなんで夕飯どうしようか悩んでます。とは、口が裂けても言えない。代わりに目を逸らす。
言ってしまったら最後、またいつものように嫌味と説教のオンパレードが始まるに決まってる。そうなってしまったらたまったもんじゃない。
俺は困ったときの緊急手段を使うことにした。
「………別に」
この短い一言で、何でもないたいしたことじゃないすぐ解決するから俺に構うな、といった雰囲気を漂わせると同時に、邪魔だからあっち行けという言外の訴えを匂わせることも可能なのだ。冷たく突き放すように吐くのがポイント。相手が相当鈍い奴でなければたいていこれでうまくいく。
まあ、マスタング相手に成功したためしは無いんだけど。
「そんな物欲しそうな顔でファーストフード店を見つめていた奴が何でもないことはないだろう」
やっぱり失敗。しかも、先程までの俺の、言ってほしくなかったような状態まで突いてからかってくる。
俺はかあ、と顔を赤くして、口元に笑みを浮かべているマスタングを睨みつけた。
「………っ」
「眉間にしわが寄ってるぞ?」
「うっせえ!誰のせいだと思ってんだ!」
「うーん、私か」
何がおかしいのか目の前の男はくすくすと笑う。女だったら僅かに首をかしげて笑うこいつのこういったしぐさをも格好良いと思うんだろう。夜に溶け込んだ男は、普段からそうではあるが教師らしさなどどこにも見当たらない。どこぞの遊び人のように見えないこともなかった。
が、あいにく俺は女じゃない。さっきから上がりっぱなしだった怒りのバロメータがまた少し、ぴっ、と上がっただけだった。
「もういいからほっとけよ。今日は何もしてねえよ」
嘘です。さっきまでホテルにいました。
でもそんなことを言ってやるつもりはない。
マスタングはわかっているのかいないのか、そうか、と短い返事をしただけだった。
「ところで、入らないのか?」
マスタングがそう言って指さしたのは、先程まで俺が熱心に見つめていたファーストフード店。俺は思わず百十円の入った財布をぎゅっと握った。
「……入んねえ」
「そうか」
赤いMの字が煌々と、俺を誘う。あのへんてこなキャラクターたちも、街路に出されたメニューのボードも、明るい店の内装もそこへ吸い込まれていく人達も、みんなが俺を誘ってくる。俺だってできることならその中へ誘われていきたい。
でも自他共に認める意地っ張りである俺は、マスタングに入らないのかと言われた時点でもうここには入るまいと決心してしまうのだ。
どうせ入ったとしてもハンバーガー一つぐらいしか買えないんだし、と自分に言い訳をしてみる。
ふと視線を感じて顔を上げると、何か面白いものを見つけたかのような笑みを浮かべているマスタングと目が合った。
「……何だよ」
「ふむ」
睨むと余計ににやにやと笑われる。マスタングはほんの少しの間何かを考えるようなそぶりを見せた後、器用に片眉を上げてみせた。
「さしずめ、男とホテルに行ったはいいが逃げられて金が無いといったところか」
「…てめ、見てやがったな…!」
頬にかっと血が集まる。行動を全部見た上で白々しく俺の前に現れたのかこいつは。この悪趣味、と半ば叫ぶようになじっても、マスタングは軽く肩をすくめただけだった。
「まさか。勘だよ、勘」
「嘘つけ!」
「私もそこまで暇じゃないよ。まあしかし、私の勘も捨てたものじゃあないみたいだね」
マスタングはうっすらと微笑んで、俺から見たら『ほくそ笑んで』、こちらを見下ろしてくる。それが妙に馬鹿にされているようでムカつく。どうせ俺はうっかり金を掴み損ねた間抜けですよーだ。でもそんな自分でもわかってることを改めて他人に言われると余計に苛立つのだ。くそう。
このままここにいたらヤリ逃げ空腹マスタングの三コンボへの苛立ちのあまり何か叫んでしまいそうなので、今日はもうさっさと帰ってしまおう。帰ったら冷蔵庫でもあさればいい。
そう決めてマフラーをひるがえしてここから去ろうとした時、その端っこを後ろから掴まれて「ぐえっ」と首を絞められた鳥のような声を出してしまった。
「あ、すまない」
「げっほ…!て、てめえ、『すまない』で済むと思ってんのか…!」
「いや、」
怒鳴る俺をマフラーで捕まえたまま、ちょっとだけ申し訳なさそうな顔をしたマスタングがどこかを指さす。つられて顔を向けると、そこには先程のファーストフード店があった。
「どうせなら、何か奢ってあげようかと思って」
ぴた、と殴りかかろうとした俺の腕が止まる。それを確認して、マスタングはもう一度繰り返した。
「何か奢ろうか?」
「………」
今の俺にとってはあまりに魅力的過ぎるお誘いが差し出されている。マスタングが。奢ってくれる。飯を。
俺の頭の中であのへんてこなキャラクター達が渦を巻いて、巻いて、巻いて、爆ぜてそして消えた。
「………………いらねえ」
執拗に誘ってくるMの文字から目を逸らし、首を振る。
ああああ。今日ほど俺の意地っ張りな性格を恨めしく思ったことは、ない。腹の虫が文句を垂れるように鳴りそうになったのをぐっと腹筋に力を込めて押さえ込んだ。
「そうか」
マスタングはそれだけ言ってぽんぽんと俺の頭を叩いてくる。反射的にそれを振り払った。
ああああ俺の馬鹿利用できるもんは全部利用しとけくだらねえ意地張ってんじゃねえ後で絶対後悔するぞでも相手はよりにもよってマスタングだしああそれにしても腹減った俺の馬鹿馬鹿馬鹿………
「じゃ、入るか」
「う……………ん?」
不意にかけられたマスタングの言葉に、反射的にうなずきそうになった、のを、なんとか途中で踏み止まった。どこかからもう一人の俺が「何かおかしいぞー」と頑張って叫んでいる。マスタングの台詞を頭の中で、反芻してみた。
んん?
腕を掴まれたところで、ようやく自分の失言に気がついた。
「……あっ!」
「さあ行こうか」
「ちょっ、待て待て俺入んねえっ」
「さっきうなずいたのに?」
「…うなずいてない!」
「はいはい」
俺の意見は無視され、明るい光を投げかける自動ドアの方へと引きずられていく。俺は慌ててどうにか留まろうと踏ん張ってみたけれど無駄だった。強引に引っ張られてどうしても足が前に出てしまう。
「……っこの、人さらいー!!」
「あっはっはっは」
俺の最後の抵抗(悲痛な叫び)も虚しく、マスタングは妙ににっこにこと笑いながら俺を店の中へと拉致していった。
俺の叫びに反応したのは悲しいかな、ぎょっとした顔の通行人が数人、それだけだった。

「チーズバーガー一つとコーラのMが一つ、それからポテトのMを一つ、持ち帰りで」
マスタングはまるで始めからその台詞を用意していたかのようにすらすらと注文を述べた。俺はその様子を、レジの近くのカウンター席からぼんやりと見ている。少々お待ち下さい、と言って、スマイルを貼り付けた店員は奥へと引っ込んだ。
というか、俺は何も希望を述べていないのにマスタングはたずねもせずに注文しやがったのだが、あいつあんなにお節介なくせにそんなことは気にしないんだろうか。
「……俺の意見は?」
レジからこちらにやってきたマスタングを呆れ半分で睨むと、マスタングはああ、と間抜けな声を出して俺の隣の椅子に座った。
「君の希望とそう変わらないだろう?」
「そうだけど」
「ならいいじゃないか」
「………」
それも、勘だとでも言うのか。
隣を向くとマスタングとばっちり目が合ってしまったので慌てて逸らす。微かに苦笑したような気配がした。勘だろうが何だろうが、俺にとってはどうでもいいことだ。俺は頬杖をついて会話を終了させた。
「チーズバーガーとコーラのMとポテトのMのお客様ー」
間もなくレジからさっきの店員の声がかかった。マスタングが立ち上がり、俺の夕飯を受け取りに行く。何だかなあ。変な光景だ。こいつがこんなところにいるなんて、妙に似合わない。
「行こうか」
「………」
無言で椅子から降りてマスタングについていく。非常に不本意な状況だが俺はなすすべも無く、おとなしく従うしかない。
なぜならば俺の本日の夕飯たちはいまだにマスタングの手の内にあるからだ。
前を歩く、上品なコートを着込んだ男とチープなファーストフードの組み合わせは、なんだか滑稽でしかたなかった。

「ほら」
店を出て数歩あるいたところで、マスタングが夕飯を俺に手渡した。
「え?」
「君の今日の夕飯だ。……いらないのかい?」
「や、いるけど」
おとなしく、渡されたものを受けとる。てっきり食べる時までまとわりついてくるもんだと思っていたので拍子抜けした。
俺の予想と違って、目の前の十字路で俺と別れるつもりらしかった。
「じゃあ、また明日。ちゃんと食べておくんだぞ」
「……ん」
悔しいが借りができてしまったので、素直に頷いてやる。マスタングはびっくりしたように目を軽く見開いた後、顔をほころばせてまたしても俺の頭を撫でてきた。
「撫でんなっ、縮むだろ!」
「はいはい。じゃあな」
振り払おうとした手は空振りした。見ると、俺の手をかわしたマスタングがにやにやと俺を見下ろしている。ぎっ、と睨んでみても、余計に笑われるだけだった。
そのままマスタングはこちらにひらひらと手を振りながら夜の雑踏の中へと溶け込んでいった。
「………ふん」
何なんだあいつ。おせっかいめ。
俺は少しの間マスタングが消えていった道を睨んで、それからその道とは反対の方向を向いて歩きだした。抱えた袋からはほのかな熱が伝わってきて、冷たくなっていた指先がじんとしびれた。
「………」
今日のあいつは、妙にいつもと違っていた。普段なら今ここでも俺に纏わりついているはずだったし、そもそもこの夕飯たちを持ち帰りにするのも変だと思った。自ら俺を一人にするのも。
――もしかして、気を遣って、なぐさめてくれたんだろうか。
(…………まさかな)
軽く頭を振って馬鹿らしい考えを追い払う。あいつがわざわざそんなことする理由なんて無いじゃないか。きっと、ただの気まぐれだろ。
歩きながら抱えた袋からごそごそとハンバーガーを取り出し、口も使って包み紙を剥いだ。紙を再び袋の中に突っ込み、チーズバーガーにかぶりつく。途端に苦い味がした。
「……ピクルス…」
緑の野菜の成れの果てが、そこに挟まっていた。思わず眉間にしわが寄る。
「………」
ケチャップまみれのピクルスを吐き出し、俺はため息をついた。さすがのあいつもこればっかりは勘が働かなかったらしい。
俺がハンバーガーに挟まってるピクルスを、嫌ってるなんて。
「気ぃ利かねえ奴」
どうでもいいけれど。
もう一つため息をついて、俺はピクルスの苦みが残るハンバーガーに再びかぶりついた。


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