ある日ある夜ゴミ置き場にて 1

溜まりに溜まって、もはやゴミの海と化していた家を気紛れに片付けようなどと思ったことがそもそもの間違いだった。
本当に久々の非番。昼頃に起こした自分の気紛れのおかげで、今こうして私ははち切れんばかりのゴミ袋を両手にのろのろとごみ捨て場まで歩くはめになっている。あんな気紛れ、起こすんじゃなかった。

硬い軍服を着たまま、ソファの上で昼に目を覚まして、のろのろと遅い朝食を摂ろうとした時に気がついた。近頃ろくに料理のために立っていなかったキッチンはいつ使ったのか分からないような食器で溢れ、床にはこれまた何が入っているかも分からないゴミ袋が四、五、六つ。今更開けて中身を確かめる勇気も無い。ゴミ袋から微かに臭う甘ったるい腐臭に思わず眩暈を感じた。
これは、やばい。
自分で朝食を作ることはもう諦めて、ひとまず外に何か食べにいこうと決めて寝室へ向かった。いくら自分がものぐさとは言え、休日にまで軍服を着て街へ出かけるような無粋な真似をしたいわけでもない。途中廊下に散乱したシャツやら何やらを避けながら、ふと寝室のクローゼットにまだ洗濯済みの服は残っていただろうかと心配になった。そう言えば最後に洗濯をしたのはいつだったろう。少なくともここ二週間はしていない。嫌な予感しかしない。
薄く埃をかぶったクローゼットを開けて、私は絶句した。スーツやら軍の正装やらはあるが、シャツが一枚も無い。あんなに大量にあったはずのシャツが無くなるなんて、最後に洗濯をしたのは一ヵ月は前に違いない。
洗濯済みのシャツが無くなった時のために置いてあった新品のシャツが一枚だけ残っていたので、袋を破ってとりあえずそれを羽織った。糊のせいで少し硬い。破り捨てた透明な袋は、床のゴミ共の仲間入りをした。
とにかくまずは朝食を食べにいって、それからこの家の惨状をどうにかして片付けようと決意した。



近くの喫茶店で朝食を食べてきて。
まずは溜まった洗濯物を片付けてしまおうと、あちこちに散らばった服を掻き集めた。部屋や廊下の隅に邪魔だとばかりに押しやられている可哀想な衣服たちを、一枚一枚拾い上げていく。まあ、邪魔だと押しやったのは他でもない自分なんだが。
拾い上げた服には殆どにひどい皺が付いてしまっていた。全部を洗濯するとなると三、四回は洗濯機をまわさなければならないようなので、それを待つ間に今度はキッチンの片付けを開始することにした。
キッチンの床に不遜に居座るゴミ袋たちを端に寄せて、冷蔵庫の中身を確認する。いつ買ったのかも覚えていない卵や凝固しかけている牛乳、萎びて原型が分からない野菜達、鼻が曲がりそうなほど酷い匂いの肉、等々。あまりの酷さに自分でも感心してしまう。
もう食べられない物だけ捨てようと思って腐った物を掻き出してみると、冷蔵庫の中身はマーガリンだけになってしまった。
自分はここまでひどい人間だっただろうか。結婚は良いぞとしきりに勧めてくる親友の言葉がちくりと身に染みた。
結局ゴミ袋はもう一つ増えてしまい、日が変わらない内に何度かに分けてゴミ置き場に持っていくことにした。
掃除に夢中になり過ぎたか、もうすぐ日も落ちる。生ゴミの日だとか、資源ゴミの日だとかそんなものは知らん。置いておけば一週間の内どれかの日に回収されるだろう。
カラスが迷惑だとかも私には関係無い。私の家がゴミで埋まることの方が、私にとってはよっぽど勘弁してもらいたかった。



近所のゴミ置き場と家を何度か往復した後、最後の二袋を持って家を出た。
夕焼けの赤も段々と薄くなっていき、代わりに黒が少しずつ空を覆っている。ちらりと見上げた街灯にはもう光がともっていた。先程までたまにすれ違っていた子供達はもう皆温かい食事の待つ家へと帰ってしまったのか、辺りには自分以外誰もいない。
結局、貴重な非番は掃除とゴミ出しに終わってしまった。普段からきちんとそういうことをやっていなかった自分がもちろん悪いが、それでも気が滅入ってしまうのはしかたがない。明日から再び始まる激務を予想して重い溜息を吐き、最後のゴミ袋をどさりとゴミ置き場に置いた。

「……ん?」

さっさと家へ帰ろうと踵を返した時、妙に違和感を覚えて思わず振り返った。
どこにでもありそうな普通のゴミ置き場。収集日に関係無く置かれたゴミ。
そのゴミに埋もれるかの様に、なぜか少年が一人、ごろんと寝転がっていた。
「……」
さっき来た時には、いなかった。はずだ。さすがにこんなところに人が倒れていることに気づかないほど疲労困憊しているわけでもない。
少年は上下黒い服でぐしゃぐしゃにもつれた金髪に、白い肌、整った顔立ちをしていた。眠っているのか死んでいるのか分からないが、目は閉じられている。
(……どうしようか)
かまうのは面倒臭いが、もしこれで死んでいたりしたら殺人事件かもしれない。そうでなくとも何か重大な事件がこのあたりで発生したのかも、なんて可能性もありそうだった。
見たところ汚れでどろどろになっているだけで外傷は無いようだが、このまま放置すれば軍人の責任問題にもなりかねない。
なんでこんなに非番の意味が無いんだと自分を呪う。
溜息を一つ吐いて、未だ動かない少年へ声を掛けた。
「おい、生きてるか?」
反応は無い。
相変わらずゴミにうもれて目を閉じたまま、白い瞼も手足も、ぴくりともしない。
嫌な予感がする。まさか本当に死んでいるのか? 正直関わりたくない。
が、そんなわけにもいかず私はもう一度声を掛けて少年の肩を軽く叩いた。
「……」
「……生きていたか」
肩を叩いた途端に薄らと開いた目に安堵の溜息を吐いた。ぱさ、と乾いた髪の音をたてて、少年はゆっくりと顔を上げた。
髪と同じ金の瞳。金の睫毛で縁取られたやや吊り目の瞳が、まっすぐに見つめてくる。
なぜかふいに、無機質な匂いのする息苦しさを感じた。こちらを見つめてくる少年の顔が、現実離れしていると言ってもいいくらい、あまりにも美しく整っているからなのかもしれない。
私はそっと目を逸らして、無意識のうちに詰めていた息を吐いた。
「……君、名前は? ここがどこか分かるかい」
「…………名前、」
「そう、名前」
「エドワード」
視線を逸らさずに、まっすぐこっちを見て無表情に少年が答えた。物怖じしないその様子と整い過ぎている顔に、ある種の恐ろしさを感じた。
「あんたの、名前は?」
「……ん?」
「あんたの、名前。」
不意に名前を訊かれた。なんだ、この少年は。
「あんたの、名前」
「……ロイ・マスタングだが?」
不審に思いつつも答えてやると、少年は一瞬動きを止めてそれからこてんと首を傾げた。
「ロイ・マスタ……もう一度。あんたの、名前」
「…………ロイ・マスタングだ。」
なんだこいつは。
もう一度、今度はゆっくりと名前を言ってやると、少年は急に全ての動きを止めて大きな瞳を更に見開いた。それと同時に、どこからか低いモーター音の様な音とガリガリガリガリという変な機械音がどこからか微かに聞こえてきた。
「……これは……?」
「……名前確認。性別確認。指紋登録、静脈登録、網膜登録、声紋登録、……ロイ・マスタングとして登録」
抑揚の無い声でそうつらつらと言葉を並べられて、更に意味の分からない言葉が続けられる。最後に完了、と呟いた後、目の前の少年は見開かれた瞳を元通りに戻してこう言った。
「はじめまして、この度はラブドールEDi-00Sをお買い上げ頂き誠に有難うございます。マスター登録終了しました。…………こんにちは、ロイ。俺はエドワード。これからよろしく」
そう、にっこりと笑いかけられて、くらりと眩暈を感じた。

ああ、誰か。
なんで非番の日に限ってこんなに厄介事が舞い込むんだ。
何なんだこいつは。誰でもいい、誰か、どうか私に教えてくれ。


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