学園プリマドンナの二人のその後。いつの間にか付き合っちゃってます。
ベッドのそばに置かれた小さなテーブルの上には、飲みかけのサイダー。あと、プリントの束と散らかった筆記用具と教科書も。夜になっても蝉の鳴き声が聞こえてくる。
クーラーの効いているこの部屋は涼しいはずなんだがしかし、オレの体温は上がりっぱなしだった。
学園プリマドンナ -プリマのその後-
「ふ、ぁ……ん、」
「、エド…」
只今夏休みです。学生のパラダイスです。シャングリラです。桃源郷です。
宿題さえ無ければ。
毎年夏休みの課題なんてこれっぽっちもやらないオレですが、今年は真面目なロイ君がいます。ええ。今日、八月三十一日、オレはそのロイ君が一人暮らしやってるこのマンションにやってきて宿題を写させてもらっておりますわけであります。オレは至極真面目に、一生懸命、ええ、粉骨砕身やっていたわけですが、ちょっと、あの!
オレ襲われかけてます!
「も、やめろって……あっ」
「無理。おとなしく俺に喰われなさい」
ハイソーデスカって、言えるか馬鹿野郎!
そりゃ、何の因果か知らんけど「恋人同士」なんてポジションに収まってしまっているんだから、こういう恋人然としたコミュニケーションを求められるのは別に変じゃないし、嫌っつうかむしろ嬉しかったりするわけだが、いかんせんオレはそっち方面の知識なんて雑誌やらビデオやらから拾った薄っぺらなもんしか持っていないわけで、キスもロイにされるまでしたこと無かったし当然…童貞、だし、こんな、リアルな接触に耐えられるほどの心の準備は、してなかったんだって…!舌を入れんな、舌を!あああ動きがいやらしい!
マジ、勘弁してください。
「ん、んぅ、……んん、」
「エドワード、」
唇が離れるわずかな瞬間に名前を呼ばれ、またすぐに唇を塞がれる。いつの間にやらベッドに転がされていたオレは、なす術なくロイのキスを受ける。心臓が痛い。オレの頭の中には濡れた音が響いていた。
「、はぁ、は、は…っ」
「……エド可愛い」
ちゅ、と下唇を軽く食んでようやく離れたロイは、今度はいやらしくオレの身体のラインをなぞり始めた。オレの意思に関係なく身体がびくびくと小さく跳ねる。怖い。Tシャツの裾から直に手を差し入れられると、「あっ!」と自分の耳を疑いたくなるような甘い声が洩れた。
「……!」
「エドは感度が良いな……やらしーんだ」
「ち、ちがっ…ぁ、や!」
恥ずかしくて腕で顔を覆う。服のたくし上げられた腹に、真面目に夏休みの補習に行ったロイが着ている制服のシャツが擦れて、余計な刺激を与えてくる。身のすくむこの感覚が怖い。
ロイは相変わらず手慣れたように掌を這わせ、オレを苛む。ロイは彼女がいっぱいいたそうだから、きっとこんな経験なんてしまくって今更緊張するようなもんでもないんだろう。でもオレはそうじゃない。オレの身体を這いずるこの手が、ロイの手だと分かっていても怖い。
どっかに逃げ道は無いのかな。
心臓、が。
「あ、ぁ、ぁんん…っ」
うわあああエドワード・エルリックなんだそのあっまい喘ぎ声は恥ずかしい!ロイが胸の突起を舐めた途端に上がった自分の声に赤面してしまった。ドキドキする。ロイが、今、オレの身体に触ってる。心臓が壊れそう。ドクドクドクドクドクドクドク。
舌はずっと、オレの胸をいじめている。オレは緊張して死にそう。これって一応腹上死?あんたはオレの半分でも緊張してんのかな。してないだろうな。
悔しいな。
チクショウ。
オレばっかり。
「…オレばっかり…っ」
「……?」
オレが声を絞りだすと、ロイはきょとんとした顔をして愛撫をやめた。ほらやっぱり、緊張なんてカケラもしていない。
「エド?」
悔しい。悔しい。悔しい。
なんであんたはそんな余裕で、なんでオレばっかりこんな緊張して、なんでオレだけ初めてで、なんでこんな悔しくて、なんでなんでなんで。
なんでロイの初めてがオレじゃないの。
「も、やだ……」
「エ、エド?」
ロイの困った声が聞こえてくるけれど、自分の顔を覆っている腕のせいでその表情は見えない。悔しいなと思った。でも、オレの顔は見せたくない。きっと酷い顔をしている。
「なんで、オレばっかり…っ!」
「え?」
「やだ……!」
「………」
ロイは多分困ってる。でもオレだって充分困ってる。
「…泣くほど嫌か?」
ロイのその言葉で、初めて自分が泣いていることに気付いた。そう言えば目が熱い。
ロイは静かにオレの上からどくと、ごめんな、と謝った。
…違う、そうじゃなくて。
「ごめん、そんなに嫌がってるなんて、気付かなかった。」
だから、そうじゃないんだってば。
「…怖かったよな」
いつも自信満々で嫌味ったらしいロイの声が、だんだんしぼんでいく。
「調子に乗ってごめんな。…もう、無理にはしないから、」
「違う!」
気が付くと声をはりあげていた。泣き顔なんてもう気にしていられなくて腕を思い切りどかす。
ロイが目を丸くしていた。
「違う、そうじゃない…っ、そうじゃ、なくて…」
「………」
「そうじゃなくて、な、なんつうか、……その、」
「………」
言葉がうまくでてこない。涙はだらだら出てくるくせに咽喉は乾いてしまっている。邪魔しないでくれよ。頼むから。
「オ、オレ、が、…オレばっかり緊張してんのが、すごく…嫌で、ロイにこういうことされんのが嫌とか、そんなんじゃ、なくて、……ロ、ロイは経験とかいっぱいしてんのにオレだけ初めてなのがく、悔しくて、そんで、あんたはなんか余裕だし、な、なん、か」
要するに、オレが緊張してんのにロイは余裕で、悔しい。
ようようそれを伝えると、ロイはたっぷりぽかんとした後、盛大に笑い始めた。
「くっ、ははは…!」
「わ、笑うな!」
「何、俺が余裕なのがそんなに気に入らないかなお嬢ちゃん?はは、」
「うるせー!!」
「ぷ、はははは!………うん、でもエド、経験があるとかないとか、そういうのってあんまり関係、無いと思う」
笑い転げてもう気の済んだらしいロイがオレの手をとった。にこりと笑うその顔にまた頬が熱くなる。だから、これが嫌なんだって。ロイが導いた先は、ロイ自身の胸だった。
「触れて」
ぴたり、と掌を押しつけさせられる。少し左寄りの、心臓があるだろう場所。
「……え、」
「な?…緊張してんのは、エドばっかりじゃないってことだよ」
手をあてた、そこには。異常に速い脈を打つものが、あった。
「俺はエドが好きだから、今まで何回経験してたってエドに触るのは緊張するし、嬉しい。余裕を見せてないと、エドは初めてだし、余計に怖がるかなって思ったから俺はあんなだったけど、本当は今でもエドが俺に触るだけですごく緊張する。」
「………」
「…これで、悔しくなくなった?」
「…………おう」
「エドの初めて、頂いちゃってもいい?」
「……どうぞ、召し上がれ。」
なんか、現金だけど今すごく満たされてる。嬉しい。
ロイがいただきますなんて嬉しそうに言うから、オレから抱きついて二人して勢い良くベッドに倒れこんだ。ドキドキしてる。オレも、ロイも。
でもそれ以上に、好き。
夏休み最後の日、オレはロイに甘やかに甘やかに捕食された。
→戻る