学パロ。ロイの口調が違うので苦手な方はご注意ください。





かげひなたの恋

「あれ、会長さんだ」
突然声をかけられた。
前ばかりをじっと睨んでいた目をちろりと右へ遣る。声の主なんて分かってる。
へろ、と右手を振りながらこちらへ近づいてくるのは予想に違わず、黒の髪を揺らす同級生だった。ロイ・マスタング。ほとんど話したことは無かったが。
左手には、学校近くのコンビニで買ったらしい棒付きのソーダアイスを持っている。青は涼しげでとても良い色だと思う。特にこんな暑い日には。少なくとも今しがた俺の隣を陣取った男の髪の色のような暑苦しい色よりは、断然。
「……マスタング。なんだよ」
「あ、俺の名前、知ってたんだ」
「一応、な。で、何の用」
「まあ別に用は無いんだけどね」
でも用が無かったら声かけちゃいけないのとか何とかぶつくさ文句をたらしているマスタングから視線を外し、また前を向く。どうせ本当に大した用は無かったんだろう。その内隣のマスタングも静かになった。
そりゃそうだ。クラスメイトと言えどもこいつとはほとんど話したことが無かったんだから、そうそう共通の話題があるわけでもない。オレもこんなうだるような日に会話を繋げようとする気力なんて無く、時折マスタングがしゃく、とアイスを齧る音がするだけで、しばらくの間オレ達は何を話すでもなく一緒に前を向いていた。
目の前に横たわるレールは夏の日差しに焼かれ、ゆらゆらとダンスでも踊っているかのように歪んで見える。他に誰もいないホームに落ちるちんまりとした日陰に身を寄せながら、オレは電車がやってくるのを待っていたのだった。
「……でも、エルリックがこの時間にここにいるのって珍しいよな」
さくり、と手に持ったアイスを齧りながらマスタングがまた話しかけてくる。オレを茹でようとしてるんじゃないかと思えるような気温に頭がぼんやりとしていたオレは、返事の代わりに首をかくんと振ることで相槌を打った。額を汗の玉が伝った。
「いつもならこの時間だとまだ生徒会の会議終わってないんじゃないの。会長さん」
「……なんで役員でもないお前がそんなこと知ってんだよ」
「ハボックに聞いた」
「ああ……あいつね」
金髪の背が高い生徒会会計の顔を思い浮かべた。そういえばあいつはマスタングの友人だったな。
「今日は顧問の先生が休みだから無しになった」
「ああ、なるほど」
さく、とアイスを齧ってマスタングが納得の声をこぼした。……ちょっとはそれ分けろよこのやろう。

マスタングの齧る涼しげな色のアイスを横目で見ていると、遠くから踏切のあの甲高い音が聞こえてきた。どうやらもうすぐ俺の乗る電車がやってくるらしい。
首に流れる汗を乱暴に拭い、相変わらずしゃくしゃくやってるマスタングの方に顔を向けた。
「俺の電車来た。最後にアイス寄越せ」
「あっ、ちょっと」
マスタングが上げた非難の声は無視してアイスにかぶりついた。口内にキンとした冷たさが沁みわたる。ああ、気持ちいい。
結局棒に残っていたアイスの内ほぼ半分を食べてしまったが、まあこれは暑い中こいつの話につきあってやった駄賃ということで。
「うわ!これ半分無くなってんじゃねえか!」
「お前の話に付き合ってやった分だよ」
「意味わかんねえ!」
知るか。
マスタングが喚いている間にホームに電車が滑り込んできた。ぎぎぎぎ、と耳障りな金属音を立てながらその車体が緩やかに止まり、冷房の利いた車内へといざなうドアが開く。
逃げるが勝ち、とばかりに、俺は開いたドアへと足を向けた。
「じゃあな、マスタング」
勝ち誇った笑みを浮かべる俺を乗せた電車はドアが閉まると気だるげに動き出し、ホームを去っていった。

……マスタングと、俺を残して。

「…………」
何が起こっている?目の前にはどアップ過ぎてぼんやりとぼやけているマスタングの顔。
ぬるくなっていた唇は一瞬冷たさを感じ、そしてまたぬるまった。
俺は、マスタングに、キスされていた。
「……」
「ふふ」
たっぷり十秒は唇を合わせた後、顔を離したマスタングは何がおかしいのかにへらと笑った。電車はもうはるかかなたに過ぎ去り、線路を揺らす音ももう聞こえない。
俺は固まったまま動けずにいた。
「ねえ、寄り道しよう」
まるで内緒話でもしているかのように、互いの息がかかるほどの至近距離で目の前の男が笑っている。
「ね?」
ぺと、と汗の浮いた額同士がくっつく。マスタングはそのまま人懐こい犬のように鼻をすり寄せてきた。
真っ白になった頭で、でも不思議とそれを嫌だとは思わなかった。
再び触れてきたぬるい唇は、溶けたアイスで少しべたついていた。

ホームの小さな屋根の影の中、陽に当たったコンクリートが視界の端でやけに白く見えた。




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