Saint Valentine's Day!



「好き、なんだけど」
言ってから、ああ失敗したな、と思った。


バレンタイン、というものに便乗してみた。好きな人に贈り物をする日なのだそうだ。そんな、普段の俺なら笑い草にでもしそうな日に頼るしかない自分がひどく憎らしかったし馬鹿らしかった、けれど、そうでもしないと、俺にはどうしようもなかったのだ。
どうにかなりそうなくらい、大佐が好きだった。
「………」
「………」
いつもの執務室で向かい合って、二人ともだまりこくっている。喋らない。喋れない。大佐はぽかんと口を開けていた。
はは。ごめーんね。
ここに入った途端に目についたチョコレートの山をそれと認識した時点でやめるべきだったのだ。当日にそこらへんの売れ残りのチョコレートを買って、男に告白するなんて。あは。俺馬鹿だな。
「…あー、なんつーか、ごめん。すんませんでした。申し訳ござらん。」
自分でも意味の分からない謝罪を羅列して、にへ、と笑った。そうじゃなきゃやってられない。レジに並んだときの俺の勇気、返してよ。
本当は今すぐにでも泣きだしたかった。泣いて、そこら中を叫びながら走って消えたいと思った。
綺麗にラッピングされた小さな箱を掴んで差し出していた腕をゆっくりと下ろす。箱はそのまま、コートのポケットに乱暴に突っ込んだ。ぐしゃっと潰れる音がした。俺の心の音を代弁してくれたみたいに。
「じゃあ俺、もう行くわ。用事終わったし。じゃあな」
さよなら初恋。一瞬で失恋したけど。
大佐はまだぽかんとしている。だから、ごめんってば。


ぱたん、とドアを閉めると、堰を切ったように涙がだあだあと出てきた。馬鹿か俺。期待なんてしてたのか俺。してたわけじゃないけど、悲しい。今まで知らなかった種類の悲しみが俺の脳にインプットされる。
辛い。痛い。恥ずかしい。悲しい。
好き。
(…馬鹿か)
もう好きなんて思っちゃいけない。はじめからスタートラインなんて無かった。そんなもの探しちゃいけなかった。
明日の朝起きたら今日のこと忘れてましたとか、そんな都合の良い話どこかに転がってないかしら。朝起きたら大佐が好きだってことも忘れてたとか、そんな感じの。記憶喪失になってもいいとさえ思えた。
取り敢えず気を落ち着けようと思うけど、ひっひっとしゃくり上げる咽喉のせいでどうもうまくいかない。気は落ち着かないし涙は止まらないし頭はがんがんするし、もう最悪。俺ってこんなに弱かった?


「鋼の!」
弱かった?なんて自分にそう問いかけていると、突然ドアが開いた、と思ったらそこから大佐が出てきた。まるで嵐のようだと思った。だって髪を乱して必死な顔して、なりふり構わずといったふうだったから。
「……た、大、佐?」
顔を袖で覆う。涙や鼻水でどろどろの顔なんて見せたくなかった。
しかし大佐はドアのすぐそばの廊下の隅にうずくまった俺を見つけると、そんな汚い液体なんて気にもかけずにぎゅうっと俺を抱き締めてきた。
え、何これ、俺は白昼夢でも見ているのかな。
「…君が好きだと言ってくれて、とても嬉しかった。鋼の、」
なんだこれは、
「私も」
顔が、ち、近い、これは、
「君のことが」
夢?それとも、
「…好きだよ」
……現実?
相手の吐息がかかるような距離でそう言われる。涙塗れの顔にかまっている余裕など取り払われてしまった。好きって、
「す、好きって、」
「チョコレートも用意してくれていたのには、びっくりしてしまった。君が自分で潰してしまったみたいだが」
「ぎゃあ!」
コートのポケットにいきなり大佐の手が突っ込まれごそごそと探られる。く、くすぐったいし、なんだか恥ずかしい。
「あったあった」
そう言って、大佐はぐしゃぐしゃになってしまった小さな箱を引っ張りだした。見事に、ぐしゃぐしゃ。中のチョコレートも無事ではないだろう。潰れた箱の隙間から甘ったるい匂いが漂っていた。と言うかもうそんな、俺の恥の象徴のようなものを嬉しそうに見つめないでほしい。
「中身は何かな?」
「…………生チョコ」
「そうか……うん、そうか」
実に嬉しいね。そんな台詞をのたまいながらしげしげと箱を見つめ、そしてありがとう、と囁いた。そんなことをされると、止まりかけていた涙がまた溢れてきてしまう。ああもう自分の見た目とか気にしていられない。もう涙でも鼻水でも涎でもなんでもいい。大佐が、好きと言ってくれるのなら。
俺まだ大佐のこと好きでいていい?
「……すき、」
「うん」
「俺、…大佐のこと、好き、だよ」
「うん」
ゆっくり頭を撫でてくれる大佐の手が気持ち良い。そのまま抱き締めてくれる腕に顔をうずめて、すん、と鼻をすすった。ここはあたたかい。
スタートラインは無かったわけじゃない。ただ見えていなかっただけだった。

甘い匂いの漂う廊下のすみっこで、俺たちは初めてのキスをした。



End.