「……どうしよう」
ごつ、と目の前の机に突っ伏した。もう、ほんと。
どうしよう。




命短し恋せよ少年!




ごつ、と鈍い音がしたのでハボックが訝って顔を上げると、来客用のテーブルに突っ伏しているエドワードが目に入った。腕はテーブルの下でぷらんとしている。
「エド?」
何をしてるんだこいつは。ハボックはそんな目でエドワードを見やったが、当のエドワードはその変な体勢のままであーともうーともつかない唸り声を上げている。
何やってんだこいつ。ハボックはもう一度思った。
「大将、何やってんだ」
「……ほっといてくれよ」
「あ、そう」
くぐもった声に素直に従って目を書類に戻すと、エドワードはがばりと起き上がって乱暴にテーブルを叩いた。
「……話くらい聞いてくれたって!」
「いやいやお前がほっといてくれって言ったんだろうが」
「さりげなく聞き出してやる優しさとかは少尉にはないわけ」
「ないなあ」
茶化すようにそう言ってやると、エドワードは目を吊り上げて、それからすぐに風船の空気が抜けるようにその怒気をしぼませて肩を落とした。
あら?
ハボックは書類に落としていた視線を再びエドワードに向けた。エドワードはおもむろに頭を垂れ、やがてさっきと同じ体勢でテーブルに突っ伏してしまった。ちなみに今はもう日付を跨ごうかという時間で、この部屋には夜勤のハボックが一人となんだかんだでいまだに残っているエドワードが一人いるだけだった。
ひょっとして、こうして二人だけになるのを待ってたんだろうか。ハボックはそう思い、かわいいやつめ、と頬をゆるめた。かわいい弟か何か、そんな感じ。これは兄貴分として相談に乗ってやらねばなるまい。書類を机の脇へ寄せると、ソファに座っているエドワードの隣に腰を降ろした。
「……仕事はいーのかよ」
「いーんですよ。ほら、話せ話せ。何かあったんだろ」
持ち上げられたエドワードの頭をぽんぽん、と軽く叩いてやる。エドワードはいつものように喚くでもなく、ただ俯いている。


どちらも何も喋らない中で、ハボックはずっと小さな頭を撫でていた。時折壁にかけられた時計に目を向けて時間を確認する。日付はとうに変わってしまっていた。ひょっとして寝ちまったかと顔を覗き込んだ瞬間、ずっと押し黙っていたエドワードがようやくためらいがちに口を開いた。
「………なんか、最近気になるやつがいるんだよ」
控え目にぽつりと呟かれたその言葉に、ハボックは思わず瞠目した。
恋か。これは。こいつが。ついに!相手は誰だ?自然乗り出す体と滲み出るにやにや笑いをどうにかおさえながら、うん、と相槌を一つ打った。
「目が合ったらここがすっげえ苦しくなるんだ。笑いかけられた日とかには、もう……。俺、どうしたのかなあ」
「好き?」
「ん…好き、なのかも。……あああーでもなあ!」
がしがしがし!と凄い勢いでエドワードが頭を掻きむしったので、それに弾かれてハボックの手が落ちた。が、エドワードは気付いていない。ハボックはさりげなくその手を自分の体の側に収めた。
「もうさあ……ぶっちゃけ勝ち目がねえのですよ」
「ううん」
「でもさあ、好きなんだよなあ……」
もう、どうしよう。そう言って笑ったエドワードの声には明らかに涙が滲んでいた。無理に笑うエドワードの顔を見ていたらハボックはなんだか自分も切なくなってしまった。さっきまでのからかってやりたい気持ちはどこかに行ってしまったらしい。
「初恋なのに全然甘くねえ……」
おかしな台詞を口走るエドワードを笑う気分にもなれず、黙って聞いてやる。微かに鼻をすする音がした。
「絶対さあ、叶わねえんだよ……なのになんで好きになっちまったのかなあ…」
「……切ないなあ」
「もう切ないどころの話じゃねえよ……死にそう」
思っていたより、これは重症らしい。うまい慰めの言葉が見つからず、ハボックは微妙な相槌を打つくらいしかできない自分の口が情けないなと思ってしまう。せめてもの慰めにと、ソファに乗せていた手でまた金色の頭を撫でてやった。
「まあそう無理だなんて決めつけんな」
「…無理だって」
「だから決めつけんなって。どんな子なんだ?ここの誰かか?それとも宿の姉ちゃん?」
「………」
「誰にも言わねえよ」
その一言が効いたのか、俯いているエドワードはゆっくりとためらいがちに、言葉を紡ぎ始めた。
「………すごい、なんか美人で、」
「うん」
「髪とか、さらさらで、触ってみてえなあって……」
「ああ、そういうのわかるな…」
「なんか、香水か知らねえけど、いっつもいい匂いしてさ……」
「そうか」
「うん……」
「………」
「…んー……」
「……ねみいんなら寝てもいいぞ。ちょっとしたら起こしてやるから」
「……ん………」
こてん、と素直にエドワードが肩に頭を預けてきた。そして擦り寄ってくる。それが犬猫のように見えて、ハボックは少し笑いながらなおも頭を撫でてやった。切ないけれどなんだかほほえましいそのエドワードの様子を、ほんわかした気分で見ていた。
次の言葉を聞くまでは。

「どうしたら、大佐、俺のこと…好きになってくれんのか、な……」

夢とうつつを行き来しているエドワードがふと呟いたとんでもない台詞に、ハボックはぎょっとして隣の子供の顔を覗き込んだ。
今こいつは何て言った?
大佐?
全くの想定外の人物の名前が出てきたので、頭を撫でるのもそこそこにフリーズしてしまった。エドワードの方はといえば、こんな時間まで起きていたことはあまり無いようで、ハボックの驚きも知らずにもうすっかり眠りこけている。大将はホモだったんだろうか。大佐って。好きな人、大佐って。ありえねえだろ。
体はフリーズしたまま、もしかしたらこっちも固まったままなのかもしれない頭だけをなんとか忙しく働かせて、ハボックは肩に乗っかかるエドワードの顔を凝視していた。 大佐のことが、好きなんだとさこいつは。かわいい女の子とかじゃなくて。……ありえねえ!
そう一人苦悶していると、いきなり、ガチャ、と扉が開いた。その音にわずかに体の力が抜け、ギギギと軋む首を回し扉の向こうの誰かに助けを求めようとして、再びハボックはフリーズした。
「………何をやっとるんだ」
扉の向こうには、事の元凶、そしてエドワードの想い人の、本日は夜勤のロイマスタング大佐が立っていた。
「え、や、こここれはその」
「……鋼の?」
どもるハボックを無視して部屋に入ってきたロイが、幸せそうに寝息をたてるエドワードを見つけて眉をひそめた。
「…………おい」
「はっ!」
恐ろしいほどに低くなった上司の声が、肩にエドワードを乗せたハボックを呼んだ。はた目からでも分かるほどに機嫌を損ねたらしいロイは、口元だけはにっこりと歪ませている。その笑顔が逆に恐ろしい。ハボックは今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られた。
「…そうかそうかハボック貴様は仕事をするでもなくそうやって鋼のといちゃこらしていたのか良い御身分だな今もそんなに仲睦まじく寄り添ったりしてなんなら今から二人でホテルにでも行ってくるか止めないぞハボック、ん?仲がいいんだろう?鋼のと」
「いや、その……!」
細められた目が、覚悟は出来てるんだろうなと語っている。
そうです、とも違います、とも言えずに、ハボックはなんだか怒っているロイと全然起きないエドワードの二人にはさまれてつい泣きそうになってしまった。
というより、多分、いや間違いなく、大佐の怒りは嫉妬じゃなかろうか。ハボックはそう思った。だってこの上司が普段からエドワードになんやかんやとちょっかいを出したりわざと用事を作って自身の執務室に呼び付けたりしているのを知っているのだ。
両思いじゃねーの大将よかったな。
そうエドワードに教えてやれるかどうか。
ロイが発火布を取り出したのを見て、ああ無理そうだとハボックは天井を仰いだ。



End.