ロイエド未来パラレル。
暗い部屋。あの鼻をつくにおい。皺の寄ったシーツ。
無表情の、あんた。
誰もそれを知らない例えばその表情そして押し殺された欲望の形を
等価交換。同等の対価を差し出して何かを得ること。
そんなの知ってる。錬金術師なら誰だって、知ってる。
弟と自分の体を取り戻し、俺達は旅を終えた。リゼンブールに帰ろうか、そう言って微笑んだ弟に、俺は首を横に振った。俺にはまだ、やるべきことがある。
アルフォンスの反対を押し切って、俺は正式に軍に入った。大佐の部下として、駒として働くために。誰かに言われたわけじゃなく、自分の意思でそうした。俺をあの地獄の底から救い出してくれたロイマスタングという男を支えたいと思った。
まだ旅をしていた頃から隠し持っていた、大佐への他人には言えない気持ちは別にして。
俺は大佐に有利になる情報を手に入れたかっただけだった。何とかっていう狸ジジイが持ち出した条件を、のんで。肌を舐め回す汚い舌も、獣のような息を吐きながら俺に跨るクソジジイも、突かれる度に声を漏らすこの裏切りものの喉も、全部大佐のためだと思えば耐えられた。そして耐えた。
その結果がこれだ。
「……何をしていた」
明かりのついていない仮眠室に、冷たい声が転がる。
何って、見りゃわかるだろうが。
大佐はめずらしく無表情だった。俺は泣きたい気分だったけれど、どうしようもなくて手元のシーツを意味も無くかきまぜてみた。暗い部屋。あの鼻をつくにおい。皺の寄ったシーツ。裸の俺。これがセックスのあとに見えないってんなら何だって言うんだ。
「……セックス」
「そんなことは見ればわかる」
じゃああんた何が言いたいんだよ。
俺はにへ、と笑った。別に笑いたいわけじゃないんだけどこんな状況笑うしかない。いや本当は泣きたい。俺の喉だけじゃなく、目も唇も、どうやら裏切りものだったらしい。
よりによって一番知られたくなかった奴に知られてしまったああああほんと最悪。大佐は笑う俺をどう思ったのか、わずかに顔を顰めた。あのクソジジイ。人払いはしてあるとかほざいていたくせに。こんな、軍の仮眠室なんてとこでやるんじゃなかった。
「来い」
大佐はベッドの周りに散らかっていた俺の軍服を拾い、ぞんざいに投げ付けてきた。着ろ、という意味なんだろう。
俺はベッドに落ちた服をゆっくりと拾い上げ、緩慢な動きでそれらを身につけていった。下着をはいて、ボトムに足を通す。素肌に触れる布は俺の心のようにすっかり冷たくなってしまっていた。
しわくちゃになってしまったシャツの釦をとめる間、ちらりと大佐の方を盗み見してみた。俺のそばを離れてドアにもたれかかっている大佐は、多分俺の右斜めあたりに視線を向けている。いつも胡散臭い笑みを浮かべているはずのその顔には、表情は無い。
(………あ)
ふと、無表情の、その目に。静かな、それでいて激しい怒りを見てとってしまって、俺は大佐に向けていた視線をそっと下に落とした。
「……来い」
大佐は同じ言葉を繰り返した。
「さて」
大佐は執務室のドアを乱暴に開くと、突き飛ばすようにして俺を中に入らせた。その力のあまりの強さに思わずよろける。俺が文句を言おうと大佐に向き直った時、ドアの鍵の閉まる音がいやに響いた。言おうとした言葉が喉の奥に引っ込む。足が竦んだ。
なにを、するつもりなの。
「何か言い訳はあるかね」
「………」
大佐の冷たい声が降る。
俺はぎゅっと唇を噛んだ。
言い訳なんて、何も無い。本当のことを言ったって大佐が俺をゆるしてくれるとは思わない。彼はそういう人だ。俺にとって大佐は、失意の底にいた自分に焔をつけてくれた恩人で、この胸を苦しくさせる想い人で、仕えるべき大切な人だった。だけど大佐は、俺に興味なんか持っちゃいない。俺が何をしようともああとかそうかとか必要最低限のことしか言わない、ガキを拾った責任を淡々とこなしているだけの大人。それを悲しいと思ったことも無いわけじゃないけれど、今も昔も、俺は大佐にとって駒の一つでしかなかった。
だから彼が今何故こんなに怒っているのか、俺にはどうしてもわからなかった。
「……別に、あんたには関係ねえだろ」
「関係無いだと?」
大佐の声がいっそう冷たくなった気がした。怯んでしまったことを悟られないように必死で大佐を睨みながら、俺は早口にまくし立てた。
「だってそうだろ俺がどこで誰と何しようが、仕事さえちゃんとしてりゃ俺の勝手だろうが何怒ってんの意味わかんねえ。あ、自分の評判気にしてんの?マスタング大佐の部下は躾がなってないなんて言われんの心配してんのか?だったら安心しな、相手だって俺みたいなガキに興奮しておっ立てるような変態だとは誰にも知られたくないだろうし俺も何も言わねえよ、だからあんたは安心して――」
「そんなことは問題じゃない!」
今度こそ俺はびくりと体を揺らしてしまった。いきなり声を荒げた大佐は、ぎらぎらとした目で俺を睨んでいた。
「………………君がそんな淫売だったとは夢にも思わなかった。……ああ、それも君を囲ってくれるような上官相手限定か?最悪だな」
「……」
大佐が馬鹿にしたように笑った。心臓がきしりと軋んだような、そんな変な気がする。頭が痛い。胸の奥が、痛い。大佐の言葉は俺のこの心臓に突き刺さって、中に押し込んでいた悲しみを噴き出させる。
じわじわと涙が滲んできたことに気付かれないように、俺は顔を下に向けた。
「なら、」
「……え?、っ」
すばやく足払いをかけられて、受け身をとる間もなく床に転がった。したたかに打った肘の痛みにうめき、何すんだと叫ぼうとした、瞬間。覆いかぶさってきた影に、手首を床に押し付けられた。
「……大佐?」
「私の相手もしてくれたまえ」
大佐はうっすらと唇だけの笑みを浮かべた。目は変わらずにぎらぎらと怒りを滲ませている。恐怖に、指先が震えた。
「誰でも良いんだろう?」
その言葉に頭が真っ白になった。
誰でも良いわけじゃない何それ俺そんなやつじゃないよ大佐違うよその目やめろよお願いだから涙が出そうになるからそんな姿あんたに見せたくないんだわかってくれよなあ大佐馬鹿なことしたってわかってるわかってたでもあんたの役に立ちたかったんだ報われたいなんて思ってないただあんたのそばにいられたらそれだけで良かったのに、
それだけ、で、
あんたが、
好きだったのに。
「はっ、ぁ……っ!や、だ、大佐…!」
「……嫌?そうは見えんな」
くすくす、笑う。黒い髪の隙間から覗く目は笑っているけれど、笑ってない。怖い。
先程着込んだばかりのシャツは無残に裂かれ、大佐はその布切れで俺の両手を縛り上げた。抵抗できない肌の上に乱暴な愛撫が繰り返される。無理矢理はだけられた首のあたりにはいくつもの噛み痕。それでも俺は浅ましく感じてしまって、勃ち上がった熱を大佐の大きな手に扱かれていた。
「あっ、あっ、あ…っ、大、佐っ、やだ、出る……っ!」
「好きに出すといい」
「ぁ……っ!」
耳元で低く囁かれた瞬間、俺は声にならない声を上げて達した。内股がひくひくと震える。俺の頭はぼんやりとしていてもう涙をこらえる余裕も無く、目尻からこめかみのあたりへと生温かい液体が伝っていった。それが悲しいからなのか気持ちいいからなのか、もうわからない。
吐き出した白い精液は大佐の手をべったり濡らし、蛍光灯の明かりを反射してとろりと光っていた。その光景に、酷く興奮している俺がいた。
「はぁ、あ……」
大佐の指は意地悪く敏感なところを刺激しながら、だんだんと下に移動していった。奥まったそこに濡れた指が触れる。くるりとふちを撫でられて、思わず高い嬌声を上げた。
「ぁ、あ……っ、」
「……随分と敏感なことだな。ここで何人咥え込んだんだ?」
酷い言葉に反論する力ももう無い。差し込まれた指をそこはすんなりと受け入れる。ゆっくりと抜き差しされる指に、じん、と身体の熱が上がった。
「く、ぁ…っ、んっ」
二本目が挿入される。それからすぐに、三本目も。先程までの仮眠室でのセックスの名残か、さほど抵抗もなく緩んでいく。内をばらばらに掻き回されて、くちゅくちゅと卑猥な音がした。恥ずかしい。もうやめてくれ。どうにかなってしまうから、このままだともうあんたの味を忘れられなくなりそうだから、お願いだから、大佐。
「……いいか」
強姦してる相手にそんなこと尋ねるってどーなの。俺はなんだかおかしくて笑った、と自分では思うんだがこのぐちゃぐちゃの顔できちんと笑えているのかどうかは甚だ疑問だった。たぶんひどい顔になってるんだろうと思う。
それよりも、大佐のその情欲を孕んだような声に、俺は、俺が堕ちたことを知った。
ず、と熱の塊が内を侵す。手は縛られたままで、裸の足は無様に開かれていて、俺の顔の横に手をついてゆっくりと侵入してくる大佐の顔を見上げている。微かに汗ばんだその肌を美しいと思った。
「動くぞ」
全て収まると、そう短く告げられた。
「あっ、ぁああ…っ、あ、」
俺を貫いているものが生々しい感触を残しながら引き抜かれ、そしてまた突き入れられる。それが繰り返される。その度に耐え切れず喘ぎ声を上げた。
仮眠室でやったことと同じことをしているはずなのに、俺の身体はその時以上の快感を感じている。理由は知ってる。大佐だからだ。ずっと憧れていた、ずっと好きだった大佐に触れられて、身体中が歓喜してるんだ。俺の喉も目も唇も、身体全部、不義理な裏切りものだとばかり思っていたけれど、本当はずっと自分に素直だった。
でも相手が大佐だからこそ、俺の心臓はえぐられたようにじくじくと痛みを訴えてくる。こんなのは望んでなかった。大佐のことは好きだけど、そんな一方通行の気持ちのままで体だけ繋ぐなんて虚し過ぎて。
なあ大佐あんた今何考えてんの?教えてよ。こっち見てよ。怒りにまかせてこんなことするぐらいなら、何回でも殴ってくれればよかったんだ。こんなの、酷い。
「んっ、あ……っ、大、佐っ、痛…っ!」
「うるさい」
直に床に擦られる背中の痛みを訴えてみても無視される。代わりに顎を掴まれ、大佐は涙にまみれた俺の顔を、怒気をあらわにした目で睨めつけた。
「お前に私の気持ちがわかるか」
低い声だった。快楽に流されて忘れていた恐怖がよみがえる。
「お前にわかるか」
知らない。わからない。だってあんたヒントもくれない。天才だとか、神童だとか、そんな賛辞は今まで散々もらったけれど俺はほんとは馬鹿で、今大佐が何を考えているのかすら分からない。自分の駒を汚されたことに怒ったのか自分が拾ったガキが言うことをきかないことに怒ったのか。わからない。
でも、あんたの声が震えているのは、何故?
「……あっ!」
止まっていた動きが再開された。膝を床に押し付けられ、無茶苦茶に突き上げられる。あまりの激しさに息が詰まりそうだった。
「はっ、あっ、た、いっ、あぁ……っ!大、佐…っ」
受け止め切れないほどの快楽の逃がし方なんてわからずに、ただどうしようもなく頭を左右に振る。散々大佐の腹で擦られた熱を握り込まれ、俺は呆気なく射精した。その途端にぎゅうと収縮した内壁に締め付けられたからか、数瞬遅れて大佐も俺の中に吐き出した。
「ぁ、は……は…っ、」
「っ、……鋼の」
名を呼ばれて、ぎゅっと瞑っていた瞼を開く。水分の膜の向こうにぼんやりと浮かぶ大佐の目は、相変わらず怖いままだった。だけど怒りを宿したままの瞳とは裏腹に絡まった前髪をそっと払ってくれる手は優しくて、その矛盾に俺は戸惑ってしまった。
「君に、」
濡れた頬を両手で包まれて、至近距離で見つめ合う。
「……私以外の人間がこうして触れるなんて、許せない」
息さえかかるほどの距離で囁かれる。一瞬何を言われたのか、理解できなかった。
「許せない」
不意に唇に痛みが走った。大佐がキスをしたのだと気付いたのは、もう一度唇を押し当てられてからだった。
何度も何度も、噛み付くようにキスを与える唇に、俺の目は再び涙を溢れさせる。乱暴に差し入れられた舌に縋り付くように自分のそれを絡めた。これは彼が初めて見せた、俺への執着と、嫉妬の感情だった。
知らなかった。大佐が隠し持っていたこの嵐のような感情なんて。ああこんなに、こんなにあんたの温度はあたたかい。俺の全身は今度こそ、心まで、全てが歓喜に震えた。
「、許さ、ない……」
大佐の瞳から何かがぽたりと落ちて俺の頬を伝った。ぽた、ぽた、といくつも落ちてくる。
涙だった。
「…っ、……」
大佐は唸るような声を漏らしながら、剥き出しになった俺の肩に顔をうずめた。熱い液体がじわじわと首や髪を濡らしていく。きつく抱きしめられて心臓が切なく痛んだ。だけど大佐の腕は止血帯となって、悲しみが噴き出すこの心臓の穴を優しく埋めてくれるんだ。
鋼の、と呼ばれる。獰猛で、しかし溢れんばかりの熱情を孕んだキスを落とされて、俺はまたしても涙を一粒流した。
「すまなかった」
目が覚めて一番にそう言われた。
あの後、二回連続のセックスやら久々の大泣きやらの疲労からか、いつの間にか俺は眠ってしまっていたらしい。気がつくと執務室のソファに寝かされていた。手首を縛っていたシャツはもう無い。代わりに、はじめ俺が暴れた時に付いたであろう微かな擦り傷の痛みが残っているだけだ。それにもご丁寧にガーゼが貼り付けられていた。
「……」
上体を起こすと何かが俺の上からぱさりと落ちた。軍服の上着。ぼんやりした頭のままそれを見下ろしていると、隣から小さな掠れた声が聞こえてきた。
「……すまなかった」
声のした方に視線を向けてみる。そこには、大佐がいた。大佐は俺の寝ているソファのすぐそばで床に膝をつき、深くうなだれていた。
「……」
「すまない…………私は……最低だな。君の、気持ちも考えずに……。乱暴なことをして、本当にすまなかった」
声が震えている。そっと黒い頭に手を乗せると、大佐の肩がびくりと跳ねた。
「……顔、上げろ」
小さく、そう告げる。駄々っ子のように首を左右に振るので、俺は少し強めに髪を握って上に引っ張った。僅かに抗った後、すぐに観念したのか意外と素直に大佐の顔がこっちを向いた。
びっくり、した。
「……あんた、何…………泣いてんの…?」
顔を上げた大佐は、涙に濡れてぐちゃぐちゃの顔をしていた。今もまた新しく涙がこぼれている。充血した目で俺を見つめ、そしてすぐに視線を落とした。
「君を、……傷つけた……」
ぽつり、大佐がそう呟く。さっきまでの恐怖を覚えるほどの怒りはもう影も形も見当たらなかった。今ここにいるのは、ほとんど茫然として謝罪を繰り返す情けない大人、それだけだった。
ていうか、今頃気付いたのかよ馬鹿。やっぱあんた無能だよどうしようもねえ。ものすごく、怖かったんだからな。一発ぐらいは殴らせてもらうから覚悟しとけばかやろう。
でもそんなこと今はどうでもよかった。それよりもっと欲しい言葉が、温度がある。謝罪や反省なんかより、よっぽどそれが欲しい。また髪をちょっとだけ引っ張って、されるがままに顔を近づけた大佐に、一つ。俺は精一杯の気持ちを詰め込んで、唇を押し当てた。
「………………鋼、の?」
「……あんたその顔傑作だよ。ちょう格好わりい。……でも」
だいすきだよ。
本当はずっと大好きだった。
そう囁いてやると、あっけにとられていた大佐の顔がみるみる内にぐずぐずになっていった。涙腺全開でもう目も当てられない。ああもう、いい大人が何してんだか。だから、抱きしめてくる腕の中におとなしく収まってやった。
「鋼の、エド、エドワード……、っす、好きなんだ……ずっと、前から、もうずっと……」
拙いその言葉たちに何度も頷く。大佐の涙は身体の中に沈んでいた哀しみとか後悔とか、そんなものを全て洗い流してくれた。止血帯になってみたり、消毒液になってみたり、あんたも忙しいな、ほんと。
怖がらないで、初めからもう少し勇気を出していれば良かったのかもしれない。あんたが好きだよって、だから力になりたいんだよって、言っておけばこんなややこしいことにはならなかったのかもしれない。だけどこんなのも、不器用な俺達らしいと言えば、そうなんだろう。
普段の姿からは想像もつかないくらい、今の大佐は最高に格好悪かった。泣きながら鼻をぐずぐずいわせながら子どもにしがみつく大人なんて、なんだよこれ。最高に愛し過ぎて、俺まで泣けてくる。二人とも馬鹿みたいだ。
優しい手つきで頭を撫でられて顔を上げると、すぐに唇が塞がれた。角度を変えて、また。また。いくつものキスが降ってくる。
「本当に、すまなかった……もう、絶対に、あんなことはしない。誓うよ……」
だからさ、今欲しいのはそんな言葉じゃないよ大佐。
「……愛してる」
そう、それを、俺が満足するまで、何度でも言ってほしい。それ以上のことは望まない。それだけで満たされる。
俺も大佐も涙で顔を濡らしながら、幾度も幾度もキスをして、そして抱きしめ合って、眠った。
End.
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